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様々な人種をモデルにした南米の頭像ミニチュア
これらのミニチュアは、エクアドルのキト大学から提供されたものである。古代南米には存在しなかったはずの人種の顔は、既に前コロンブス時代の人間達が、大洋を越えて行き来し、文化交流をしていたことを示唆している。当時の南米人達は、他の大陸の人種を知らなかったことになっているが、それならどうして、このように未知の人種の顔を描写することができたのだろう?考えられるのは、その頃既に、他の大陸の優れた船乗り達が南米へやって来て、その跡を残していったのではないだろうか、ということである。この仮説を裏付けそうになるものは、他にもある。例えば、南米のコカ葉と共に発見されたエジプトのミイラ。トウモロコシの絵が描かれたインドの寺院など。

ミシガンの板
アメリカの原住民達が、世界を周遊したということはあり得ようか?地中海の国々やアジアの船乗り達が、大洋を渡海していたということは?そのようなことは、既存の学説ではあり得ないとされており、大陸間で文化が行き来したなどとは不可能だと言われている。そのため、多くの考古学的発見物は、無視されるか「偽物」として扱われることになる。しかしトール・へイエルダールの冒険に満ちた探検旅行によって、その可能性があっても不思議ではないことが証明された。ところで、アメリカ合衆国のデトロイトにある「ミシガンの板コレクション」には、何千もの板が収められている。1900年前後に、インディアンの丘陵墓地で発見されたものだが、そこには未知の絵文字や聖書のシンボルなどが彫り込まれている。これらが間違いなく本物であり、迫害から逃れようとしたキリスト教信者達が、海を渡ってアメリカ大陸にもたらしたものという見解を持つ学者達もいる。

太古にあったグローバルな文化交流
エクアドルの南海岸のヴァルディヴィア居住地で発見された陶器物は、新世界の発見物の中でも最古に属するが、非常に興味深いことに、日本の縄文時代の土偶にそっくりなのである。その類似性は、既に5500年前の昔に、日本とエクアドルの間で行き来があったことを物語っているようである。信じ難いことに思えるかもしれないが、同じ例として、南米で発見された陶器の頭像がある。それは、有名なかのエジプト女王ノフレテテにうりふたつなのである。また、中央南米に栄えたオルメカ文化が、中国やアフリカからの移住民の影響を受けたと見る歴史家もいる。それにイースター島の彫像が、前コロンビアの地で発見されたのはどういう訳であろうか?この二つの国の間には、4千キロメートルもの隔たりがあるのである。

コマルカルコの煉瓦と頭骨変形の慣習
メキシコのコマルカルコにあるマヤの遺跡は、他に類を見ないものである。そこに立つ神殿に使われている焼成煉瓦は、色といい形といい、古代ローマの煉瓦と正しく同じなのである。そうした煉瓦の多くには、これまで解読されていない絵文字らしきものが刻まれている。しかもそれらは、インドの「貝文字」に驚くほど似ているのである。同様に、大昔に大陸間で文化が交わされていたのではないかという推測を裏付けるものに、先史時代の多くの文化圏で行なわれていた頭蓋骨の変形慣習が挙げられる。古代エジプトを初め、中近東全域、中国、南米など、世界あちこちの大陸でそうした頭蓋骨が出土している。(5世紀のオーストリア東部でも、行なわれていたようである。)昔の世界各地の民族は、どのような意図のもとに、小さな子供の頭骨を変形させるようなことをしたのだろうか?